「ソウルメイトって、本当にいるんですか?」
そう聞かれることがあります。
この世界のどこかに、たった一人だけ、自分のために用意された特別な人がいる。
その人に出会えば、すべてがうまくいく。
何も言わなくても分かり合えて、ずっと一緒にいられる。
「ソウルメイト」という言葉には、そんな少しロマンチックなイメージがあります。
でも、シータヒーリングでいうソウルメイトは、少し違います。
ソウルメイトとは、必ずしも「たった一人の運命の恋人」ではありません。
もっと広く、
人生の中で深く響き合い、ともに学び、成長していく存在。
そんなふうに捉えられています。
初めて会ったのに、懐かしい人
人との出会いの中には、ときどき不思議なものがあります。
初めて会ったはずなのに、
「前にも会ったことがあるような気がする」
と感じる人。
まだほとんど話していないのに、なぜか安心する人。
普通なら時間をかけて少しずつ話すようなことまで、自然に話せてしまう人。
反対に、
特別な理由はないのに、なぜか気になる人。
その人と出会ってから、人生が大きく動き始めることもあります。
それは恋愛とは限りません。
友人かもしれない。
先生かもしれない。
仕事を通して出会った人かもしれない。
人生のほんの短い期間だけ、深く関わる人もいるでしょう。
でも、その出会いによって、
考え方が変わった。
生き方が変わった。
自分でも知らなかった自分に気づいた。
そんなことがあります。
人は、人との出会いによって大きく変わります。
ソウルメイトという言葉を、
「誰が運命の人なのかを当てるための言葉」
として考えるよりも、
人生の中で、自分に深く影響を与える出会い
として見た方が、ずっと面白いと思っています。
ソウルメイトは、一人だけではない
シータヒーリングでは、ソウルメイトは一人だけとは限らないと考えます。
これを知ったとき、少しホッとする人もいるかもしれません。
「たった一人の人を見つけられなかったらどうしよう」
「この人を逃したら、もう誰にも出会えないのでは」
そんなふうに思わなくてもいいからです。
人生には、その時々で出会う人がいます。
今の自分だから出会う人。
今の自分だから必要な関係。
そして、成長すると関係性が変わることもある。
ずっと一緒にいる人だけが、大切な人なのではありません。
ほんの短い時間だったとしても、
その人との出会いが人生を大きく変えることがあります。
その意味では、
「どれくらい長く一緒にいるか」
より、
その人と出会ったことで、自分の中に何が生まれたのか。
そこが、大切なのかもしれません。
ソウルメイトだから、何もかもうまくいくわけではない
「ソウルメイトなら、きっと相性がいい」
そう思うかもしれません。
もちろん、一緒にいて自然で、安心できる関係もあるでしょう。
でも、深くつながる相手だからこそ、自分の中にあるものが強く表に出てくることもあります。
自分の怖れ。
寂しさ。
依存。
嫉妬。
「分かってほしい」という思い。
愛されたいという気持ち。
それまで気づかなかった自分の一面を、相手との関係を通して見ることがあります。
だから、深くつながる人との出会いが、いつも穏やかで幸せなものだけとは限りません。
ただ、
「こんな自分がいたんだ」
と気づかせてくれる。
そこから、自分自身を知っていくための出会いもあります。
人との関係は、
相手を知るだけではありません。
相手との関係を通して、自分を知るものでもあります。
「この人が私を幸せにしてくれる」ではなく
ソウルメイトという言葉を聞くと、
つい外へ意識が向きます。
「私のソウルメイトはどこにいるの?」
「いつ出会えるの?」
「今の相手はソウルメイトなの?」
でもシータヒーリングでは、ソウルメイトを引き寄せる前に、とても大切なことがあるとされています。
それは、
まず自分自身を心から愛すること。
私は、この考え方がとても好きです。
誰かに愛されることで、自分の価値を確かめるのではなく。
誰かに選ばれることで、「私は大丈夫」と思うのでもなく。
誰かが現れて、自分の足りないところを全部埋めてくれるのを待つのでもない。
まず、
私は自分を大切にしているだろうか。
私は自分の気持ちを聞いているだろうか。
私は自分に無理をさせ続けていないだろうか。
私は、自分にどんな扱いを許しているだろうか。
そこを見る。
誰と出会うかより前に、
どんな自分として、その人と出会うのか。
そこが大切なのだと思います。
「足りない二人」が一つになるのではなく
私たちは時々、
自分に足りないものを、誰かに埋めてもらいたくなります。
寂しいから、一緒にいてほしい。
不安だから、安心させてほしい。
自信がないから、「あなたは素晴らしい」と言ってほしい。
もちろん、人に支えてもらうことは悪いことではありません。
誰かに頼ることも、助けてもらうことも必要です。
でも、
「この人がいなければ私はだめ」
になってしまうと、関係は少し苦しくなります。
本当のつながりは、
二人が混ざって一つになることではなく、
私は私でいながら、あなたと一緒にいられること。
なのかもしれません。
自分の気持ちを言える。
違う考え方があっても大丈夫。
相手を愛していても、自分を置き去りにしない。
相手にも、その人の人生がある。
自分にも、自分の人生がある。
その二人が出会い、
一緒に歩く。
私は、そんな関係にとても惹かれます。
出会いには、その時の自分が映っている
人生を振り返ると、
「あのとき、どうしてあの人と出会ったんだろう」
と思うことがあります。
出会った当時には分からなかったけれど、
何年か経ってから、
「あの人と出会ったから、今の自分がいる」
と気づくこともあります。
すべての出会いに意味をつける必要はないと思います。
「この人は絶対ソウルメイト」
と決める必要もありません。
でも、
その人との出会いを通して、私は何を知ったのだろう。
と振り返ってみると、
思いがけないものが見えてくることがあります。
愛することを知った。
人を信じることを知った。
「嫌だ」と言うことを覚えた。
離れる勇気を知った。
自分が本当に大切にしたいものに気づいた。
誰かとの出会いは、
その人を知るためだけではなく、
自分自身を知るための出会いでもあるのかもしれません。
ソウルメイトを探すよりも
もし今、
「私のソウルメイトはどこにいるんだろう」
と思っているなら、
少しだけ問いを変えてみてもいいかもしれません。
「誰が私を幸せにしてくれるんだろう」
ではなく、
「私は、私を幸せにしているだろうか」
「誰が私を愛してくれるんだろう」
ではなく、
「私は、自分をどんなふうに愛しているだろう」
誰かとの素晴らしい出会いを望むことと、
自分自身を大切にすることは、
どちらか一つではありません。
むしろ、
自分との関係が変わると、
人との関係も変わっていくことがあります。
どんな人を選ぶのか。
どんな関わり方をするのか。
何を受け入れ、何を受け入れないのか。
自分自身との関係は、
人との関係の中にも映っていきます。
だから、
ソウルメイトを探す旅は、
自分自身を知っていく旅でもあるのかもしれません。
誰かと出会って「完成する」のではなく
私たちは、
誰かと出会って初めて完成する存在なのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
誰かに足りないものを埋めてもらって、やっと一人前になるのではなく、
私は私としてここにいる。
あなたはあなたとしてそこにいる。
その二人が出会う。
そして、
一緒にいることで見えるものがある。
一人では経験できなかったことを経験する。
愛する。
学ぶ。
時にはぶつかる。
それでもまた、自分を知っていく。
それが、人と人が出会うということなのかもしれません。
ソウルメイトとは、
私を完成させてくれる人ではなく、
私が私として生きていく中で、深く響き合う人。
私は、そんなふうに捉えています。
そして、人との出会いを辿っていくと、
最後にはまた一つの問いに戻ってきます。
私は、私自身とつながっているだろうか。
次回は、
「魂の統合」について。
何かを足して、もっと素晴らしい自分になることではなく、
本来の自分へ戻っていくこと。
その「統合」というテーマを、もう少し深く見ていきたいと思います。
第9回「『叶える』より先に起きていること――願いと潜在意識のあいだ」
次回 第11回「魂の統合とは『足す』ことではなく『戻る』こと――本来の自分に還る」

